平素は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
当社、(有)京都ききょう屋は、和服・法衣・装束のお手入れを専門とする工房として、日々お客様の大切なお着物と向き合っております。社名に込めた想いを胸に、伝統を尊びながらも最先端の技術を活用し、誠実にお手入れをさせていただくことを信条としております。
お茶会や結婚式、パーティーなど、日本の四季や文化を肌で感じる場面で着物をお召しになる際、さまざまなお困りごとが発生することもあるかと思います。
これらのお悩みは、私たちが日々対応しているお着物のお悩みのほんの一例です。当工房では、資格を持つ経験豊富な職人たちが、伝統技術と現代の染色理論を駆使し、一点一点心を込めてお着物の美しさを蘇らせます。
また、お客様の大切なお着物を次のシーズンまできれいな状態で保存したいときや、大切な方にお譲りする前に最善の状態に整えたいときなど、お客様のご希望に応じたサービスをご提供しております。
私たちは、お客様の「大切な和装」を守るために、日々手を尽くし、技術を磨き続けています。そして、お着物を通じて日本の美しい文化を次世代へとつなぐお手伝いができることを心から誇りに思っております。
これからもお客様に安心してご利用いただける工房であり続けるべく、スタッフ一同全力で取り組んでまいります。お着物のお手入れに関するお悩みやご相談がございましたら、どうぞお気軽にお声がけください。
今後とも、京都ききょう屋をどうぞよろしくお願い申し上げます。
有限会社 京都ききょう屋
代表取締役社長
西別府 康平
京都における和装品のお手入れ業は、
着物の誕生と共に発生したと伝えられています。
その昔、職人が鴨川で友禅染を洗って河原に干しておいたところへ、東山から飛んできた鳥に糞を落とされ、慌てて水洗いをしたら、その部分だけ色が抜けていました。これは、鳥の糞の中に含まれる消化酵素が、染料を抜いてしまったと考えられますが、このような偶然の連続から、汚れや染みを取る技法が開発されてきたという伝説が残っています。
正式な文献によりますと、今から270年ほど前の江戸時代=享保14(1729)年ごろ、一般の町民は木綿や麻、紙に渋を引いて作った紙子などを衣類にしていましたが、今でいう宮内庁、すなわち禁裏御所に納入される絹衣料は、高貴な品物として扱われ、その製作には特別な注意を払って完全品として上納されたと伝えられています。その染織物を引き受け、欠陥箇所を改め、修理を施す仕事が、そもそも、染み抜き屋の始まりで、「御手入司」と呼ばれていました。
文化2(1805)年、京都の錦小路新町に「桔梗屋」が、山田伝兵衛氏によって創業されました。ききょう屋西別府は、その流れを継いでおり大正8年に創業。
西別府末吉 初代
西別府真三 二代目
西別府康平 三代目=と現在まで続いてきた、着物の染み抜き屋でございます。